当館には、実に2000点近いヨーロッパ版画が収蔵されています。そのなかから、版画にも数々の傑作を残した二人のフランス絵画の巨人、 マルク・シャガール(1887-1985)とオディロン・ルドン(1840-1916)を選び、そのシリーズ版画を約100点展示します。
独特の詩的空間を作品に残したシャガールについては、華やかな色彩世界を二つのシリーズで紹介します。懐かしさと愛愁の入り混じった、そして夢みるような不思議な世界が次々と繰り広げられる、『サーカス』シリーズ。十代半ばの少年ダフニスと少女クロエが、恋を知り、成長していく姿を、光の満ち溢れるギリシャの四季の移り変わりとともに、華麗に描き出す『ダフニスとクロエ』シリーズ。
シャガールの華やかな色彩世界に対して、ルドンの作品には、あらゆる色を含んだ深い黒の世界が展開されます。聖者アントワーヌが悪魔の様々な誘惑に打ち勝つまでの道程を描く『聖アントワーヌの誘惑(第1集)』には、あり得ないような奇妙な生き物、恐ろしい動物、愛欲、死のイメージなどが描き出されます。微妙な黒のニュアンスは、心の闇のなかから浮かび上がる、昼の光の中では窺い知れない、底知れぬ世界を見せてくれます。
版画という手の込んだ表現方法に託して、人生の光と闇と愛を描きだした二人の巨人の世界を、どうぞ心ゆくまでお楽しみください。