丸亀市猪熊弦一郎現代美術館の建物正面の巨大な壁画≪創造の広場≫(猪熊弦一郎 1991年)は、開花以来、「馬の壁画」と呼ばれ親しまれてきました。JR丸亀駅を出るとすぐ目に飛び込んでくるこの絵は、ちょっと見ると自由奔放に描いた子供の落書きにも思え、初めてこの地を訪れた人を驚かせることも少なくありません。ところが、もし、同じ作家が描いた別の壁画案が採用されていたなら、人々はもっと驚くことになっていたのではないでしょうか。それは壁一面に、○と×だけがいくつも並べられていたのです。
作者の猪熊弦一郎(1902-1993)は、○と×を、最もシンプルで美しい形だと考えていました。同時に、これらは小さな子どもでも簡単に描け、誰でも知っている、最も親しみやすい形でもあります。しかし、この単純な形だけを用いながら優れたバランスの抽象絵画を作り出すことは、画家にしかできない仕事である、現代美術を紹介する美術館の顔として、これほどぴったりのモチーフがあるだろうか、と猪熊は考えたのです。残念ながらこの案は実現には至りませんでしたが、かわって、また別の面白さで人々を惹きつける馬の壁画が丸亀の玄関を飾ることとなりました。
50歳を過ぎてから、猪熊の表現は具象から抽象へと劇的に変わり、抽象形態で色と形の織り成すバランスを描き続けました。1970年代終わりごろからは、○と×が頻繁に画面に現れるようになり、特に80年代初めには、マス目に○や×を描き込んだモチーフが宇宙空間に浮かぶ機械や建築物のイメージとして描かれています。その後も、○×は様々に用いられますが、それらは常に画面上のバランスにとって重要な位置を占めています。
本展では、作品中の○×に注目することで、猪熊ならではの抽象形態表現の魅力を探ります。