ロシア美術の殿堂、モスクワの国立トレチャコフ美術館。なかでも19世紀後半から20世紀初頭にかけてのロシア美術の作品は、創始者である19世紀のロシアの実業家、トレチャコフがとりわけ熱心に収集したもので、同時代の作家の傑作がそろっています。
~リアリズムから印象派主義へ~
ロマノフ王朝が爛熟期を迎えた19世紀後半、ロシアの美術界は大きな変革を遂げました。知識人たちの間で「ヴ・ナロード(民衆の中へ)」をスローガンに掲げ、社会の底辺にある人々を支援するための活発な運動が巻き起こると、芸術においてもそれに呼応するよに、1863年、クラムスコイに率いられた若い画家たちが「ロシア・リアリズム」という新たな理念を掲げて美術アカデミーからの離脱を宣言するのです。
彼らはロシア各都市で展覧会を開き、そのため「移動派」(移動しながら展覧会を行う人々)と呼ばれるようになります。そして当時まだ特権階級のものであった絵画芸術を民衆の側へと近づけ、絵画の力を持って現実を直視し、社会の矛盾を追及し、人間の尊厳を力強く描き出していくことを目指しました。
19世紀後半の進歩的な視点をもった芸術家たちのほとんどが「移動派」の活動に参加し、ナショナリズムの高まりともあいまって祖国ロシアの歴史やロシアの誇りである様々な階層の人々の姿、そして美しく壮大な自然を題材とした作品を描き出しました。また一方では、フランス印象派もロシアに伝わり、リアリズムの動きと合流し、ロシアの印象派と呼ぶべき作品も誕生していったのです。
本展はロシア美術の代表的画家、レーピンやクラムスコイ、シーシキン等による、1850年代からロシア革命以前までの時代、人々の生活や、美しくも壮大なロシアの自然や美しい情景を描いた作品を中心に、著名人チェーホフ、トルストイ、ツルゲーネフ等の肖像画を加えて構成され、リアリズムから印象主義に至るロシア近代美術の流れを辿る日本で初めての試みとなっています。