高麗茶碗とは朝鮮半島で焼かれた茶の湯の茶碗をいいます。もともと朝鮮の地方窯で量産された日常使いの碗が、日本の茶人の目にとまって茶の湯の碗として取り上げられたもので、侘茶(わびちゃ)が大成される天正年間(1573~92)より評価を高め、さかんに用いられるようになりました。やがて、日本からわざわざ好みの茶碗を注文するようになります。高麗茶碗はもっぱら日本において賞玩されたもので、いわば日本文化に帰化した朝鮮陶磁ということができます。
一方で、高麗茶碗独特の美は、朝鮮時代(1392~1910)の民窯つまり、民間の窯の陶工が生み出したものであることもまぎれのない事実です。近年では高麗茶碗を朝鮮時代の陶磁史や国際交流史の上に位置づける試みが続けられています。窯址や日本の遺跡の発掘成果をも取り入れた高麗茶碗の実証的な研究も、この20年間に大きく進展しました。
東京国立博物館所蔵の高麗茶碗は、松永安左エ門氏(1875~1971)および広田松繁氏(1897~1973)の寄贈品を中心に優品が多く、しかも井戸(いど)、魚屋(ととや)、彫三島(ほりみしま)など多くの品種にわたっていることが大きな特色です。この機会に高麗茶碗の魅力をお楽しみください。