桜は、そのはかなさと美しさゆえに、日本人に愛され、尊ばれてきました。古来より桜にまつわる物語が数多く語られ、桜の名所は多くの人々を惹きつけ、芸術家たちは桜を題材にした多くの作品を産み出してきました。
古くは持統天皇(686-697)や豊臣秀吉(1537-1598)が花見をしたことでも知られる奈良の吉野山。その山桜は、奥村土牛や石田武の《吉野》の中でその静かな美しさを開花させています。一方、安珍・清姫の物語に登場する道成寺の入相桜は、速水御舟や小林古径らの制作意欲をかき立てました。
『太平記』の児島高徳の「忠義桜」の逸話を題材とした橋本雅邦《児島高徳》の中に描かれる桜には気品と風格が漂い、島原の名妓を描いた伊東深水《吉野太夫》では、艶やかな太夫の姿とともに楚々とした桜が印象的です。
桜をテーマにした展覧会が今年10 回目を迎える当館では、所蔵品から「名所の桜」と「桜物語」を切り口に約50 点の作品を選びご紹介します。それぞれの作品に込められた作家の思いや、桜を取り巻く物語を通して、新たな視点でさまざまな桜の良さを楽しんでいただければと思います。