猪熊弦一郎(1902-1993)は、50歳を過ぎてから、新たな気持ちで絵の勉強をやり直したいと、日本を発ち、1955年より活動の拠点をニューヨークに移しました。戦前滞在したパリへ向かう途中、立ち寄ったニューヨークに魅了され、そこに留まることにしたのです。
かの地で猪熊が日々目にしていたのは、次々に新しく建てられる高層ビルや、道を行きかう大勢の人や車・・・。一見、雑多でそれぞれが脈絡なくうごめいている様なその景色が、アトリエの窓から眺める猪熊には、何か大きな秩序に従って全体が動いているようで、美しいものに感じられたといいます。やがて、猪熊は都市をテーマに絵を描くようになりました。都市の美しさ、すなわち「混乱と秩序」を描くようになったのです。
後に猪熊は〈美とはひっきょうバランスであると思う〉と述べています。そして、その「バランス」を作り出しているものこそ「混乱と秩序」であると考えていました。「混乱」と「秩序」は表裏一体であり、自分の中の「混乱」に自分なりの「秩序」を与えるとき、そこにその人のもつ「美」の感覚があらわれる、画家はそれをカンヴァスの上に表すのだと。
70年に及ぶ画業を通じて、「今までにない新しい「美」を描きたい」という猪熊の姿勢は変わることがありませんでした。そしてそれは、20年間のニューヨーク時代を経て、自分だけの「バランス」、ひいては自分の中の「混乱と秩序」を発見し描くことともなりました。
本展では、猪熊弦一郎が生涯を通じて描き続けた自らの「バランス」を、「混乱と秩序」を中心にご紹介するものです。