様々な捉え方がある“アーティスト・ブック”を定義するのは非常に困難ですが、ひとつの考え方として、1960年代以降に美術家が作品集としてではなく表現媒体の一つとして冊子を意識し、制作した本のことを、狭義でアーティスト・ブックと呼んでいます。その多くはオフセット印刷で、部数は数百から数千に及ぶアーティスト・ブックは、モダン・アートの作家によるオリジナル版画を収めた豪華な挿絵本とは対照的に安価でシンプルなつくりですが、その内容はグラフィカルなもの、詩やタイポグラフィによるもの、コンセプチュアルなものなど様々な領域に及び、写真を用いた本も数多く制作されています。自らを「生きる彫刻」と称し、パフォーマンスを行ったギルバート&ジョージ。肖像写真を用いてモニュメンタルな作品を制作するクリスチャン・ボルタンスキー。自身で出版社を興し、本の作品を多数発表するハンス=ペーター・フェルドマン。そしてアーティスト・ブックの先駆者の一人であり、その後の動向に大きな影響を与えたエドワード・ルシェは作品も写真によるものでした。
この、写真を用いたアーティスト・ブックは、写真集といかに異なっているのでしょうか。まず考えられるのは写真のクオリティです。既存の写真を流用したり、他人に撮影を依頼したり、自ら撮影することにはこだわらないことが多く、粗い粒子の写真を多用しています。写真自体を見せることが目的ではないからです。では一体写真はどのような働きをなし、何を伝えているのでしょうか。この展覧会では当館収蔵作品の中から写真を用いたアーティスト・ブックに着目し、43点を展示します。一部作品を手にとっていただきながら、一般にはあまり知られていないアーティスト・ブックの魅力を紹介します。なお今後も引き続き、詩やイラストなどのテーマをもとにアーティスト・ブックの小企画を開催していく予定です。