眼の錯覚はよくあることで、遠近関係や上下左右を見誤ったり、目の前にあるものを見落としたり、逆に観念が先行して、そこにないものを目にしたり、視覚は見る人の意識や記憶によってしばしば混乱させられます。人は五感の中でも特に視覚を頼りにしがちですが、実は見る仕組みは複雑であり、騙されやすく、あてになりません。このような視覚の構造に目をつけた狡猾な画家たちは、イメージのはぐらかしによって目をだまそうとする表現方法を広く取り入れるようになりました。
戦後日本の美術においても、絵画・彫刻にトリッキーな作品が多く生まれました。それは、1960年代のポップアートの文脈で生み出されたものや、光を利用したライト・アートの出現、1970年代に入って写真を利用したスーパーリアリズムの作品、さらに1990年代には、引用の手法を用いたパロディーとして表現されています。このような「認識」そのものに疑問を投げかけたトリッキーな作品たちが「見えている」ことと「実在すること」の違いを私たちにつきつけます。
本展覧会では、現代日本美術を代表する作家たちの代表的な作品をトリック・アートとして括り、錯覚を引き起こし、固定観念を覆す多彩な「だまし」の作品が会場を飾ります。常に時代の先端を走ってきた作家たちの絵画や写真、彫刻など44点を展示、22作家によるユニークな表現を体感していただける作品を紹介します。それぞれの作家が多様な素材と手法でどういう視覚の「罠」を仕掛けているのか、会場でだまされる楽しさをじっくりと味わっていただきたいと思います。