地下室で生まれた自らを「カタコンベの画家」と呼んだルオーにとって、イタリア語のグロッタgrotta(洞窟)に由来するグロテスクgrotesqueほどふさわしい言葉はないのかもしれません。一般に奇怪、異様、不気味といった否定的なニュアンスで語られることの多いグロテスク。しかし別名《デマゴジー》(大衆迎合、衆愚政治)とも題されたルオーの《グロテスクな人物たち》を見ればわかるように、表層的な諧謔(かいぎゃく)の裏面には辛辣な諷刺の毒が隠されていることも事実です。
ルオーは醜悪な娼婦、傲慢な裁判官、善良なユビュ、苦笑する道化師、哺吟(しんぎん)するキリストなどの主題をカリカチュアにも似た的確な描線と簡潔な構図で描くことで、グロテスクの正体である「滑稽と恐怖」、「善と悪」、「美と醜」、「聖と俗」、といったアンビバレントな感情を見事に造形化しています。戯画化されたルオーの人物たちを眺めていると、最初は隣人を、最後には自分自身をそこに発見し、私たちは愕然とします。描かれた人々の不気味な笑いが含むしたたかな批判機能こそグロテスクの真骨頂と言えるのではないでしょうか。
今回は出光美術館の格別なご協カのもとに、ルオー作品を上記四つのカテゴリーに分けてグロテスクの諸相を検証するとともに、ルオーが希求してやまなかった「色、形、ハーモニー」の実体に迫ります。
展示構成と主な出品作品(合計約110点)
第1部 滑稽と恐怖
ルオーの重要なテーマであるサーカスを描いた作品と、版画版『ユビュ爺の再生』から植民地に住む原住民たちの姿をとらえた作品を中心に展示。
第2部 善と悪
版画集『グロテスクな人物達』を中心に展示。一見善人のように見えながらも貧しい人々の生活を圧迫する権力者達など、近代の市民社会への風刺にみちた作品を紹介します。
第3部 美と醜
見繕いをする場末の娼婦と着飾るブルジョワ婦人、そして豊満な肉体をあらわにする水浴の裸婦たちなど、様々に姿をかえて登場するルオーの女性像が一堂に会します。
第4部 聖と俗
磔刑のキリストから聖女まで、ルオー芸術の真骨頂である聖なる作品の数々を展示し、同時に人間の邪悪さや非道さが転化してされた骸骨や悪魔的な表現の作品も並べて展示致します。