30年前の1976年、目黒区上目黒の一画廊を継承、現在は銀座や世田谷にも店舗を構えるにいたった画廊主・Y氏。やがて、日本画家・伊東深水の作品、とりわけ彼の素描に魅せられたY氏は、一途に、そのコレクションの形成に努めてきました。現在、本画も含めれば170点余りにも及ぶコレクションは、深水美人画を知る人びとにとっても、殆どが未見の作品群となっており、このたび、広く美術愛好家の方々に向けて披露していただけることになりました。
美人画で知られる伊東深水(1898-1972)。帝展、日展の審査員、理事、日本芸術院会員を歴任、日本画壇の重鎮として不動の地位を築いた作家です。昭和期に絶大な人気を誇り、今も人気の衰えることのない深水の展覧会は、折に触れ開催されてきました。それらは主に、多数の日本画、木版画によるもので、スケッチや下図も紹介されてはいますが、あくまで本画中心でした。近年、全版画展やスケッチ・素描、下図展など日本画の本画以外にスポットをあてた展覧会が、ようやく散見されるようになりました。
Y氏収集による水彩、スケッチを中心にした170余点の深水作品は、線描による的確な描写の中に制作過程やイメージの源泉をうかがい知ることができるもので、深水の創作の秘密を理解する上で格好のコレクションといえるでしょう。
目黒区美術館では、目黒区の美術を顕彰する目的で、開館以来毎年、区内在住作家の近年の仕事ぶり、あるいは、故人となった作家の軌跡の回顧を紹介する展覧会を開催してまいりました。本展も、その流れを踏まえた企画ですが、今回は、近代日本画の一作家に焦点を絞ったコレクション、すなわち美術の受容層である個人コレクターの長年にわたる成果を取り上げる展覧会といたしました。と同時に、美人画家として広く知られる伊東深水の、日々の制作姿勢、作家としての視線、関心の所在、さらには構想から制作への過程などの解読を構成の主眼とすることで、日本画愛好家のみならず、広く美術を愛好する方々に、一日本画家が真摯に制作に取り組む日常の素顔を御覧いただければ幸いです。