「下絵」は工芸品の下図や、書の料紙に装飾のために描かれた絵を指すこともありますが、ここでは、絵を描くための下描きという意味に用います。画稿といってもよいでしょう。この特集陳列は、江戸時代のさまざまな絵師の下絵を集めて、その魅力を楽しんでいただこうというものです。
実際の画面に描く前に、絵師たちは別の紙に下絵を描いて構図や配色を練りました。障壁画や屏風の場合は、最初は小さな紙に描いて構図を整え、原寸大の下絵に拡大しました。前者を小下絵、後者を大下絵とよびます。1図のために何枚も描かれた下絵や、部分図を貼り合わせて作られた下絵を見ると、構想の変化の過程や苦心・工夫のあとがよくわかり、大変興味深いものがあります。また、生き生きとした自由な筆遣いで描かれた下絵には、完成画にない迫力を発揮するものもあって、その絵師の力量を改めて見直すこともあるでしょう。
ところで、現代のわれわれはすべての改変が絵師自身の意思で行われていると思いがちですが、現実は必ずしもそうではありません。依頼者の注文による変更が少なからずあるからです。とりわけお抱え絵師の場合、将軍や藩主の“お好み”は絶対でした。自らの意にそぐわない命令でも従わなくてはならなかった絵師たちには、かなりのストレスがたまったことでしょう。
下絵の中に込められた、悩める絵師たちの軌跡を読み取っていただけたら幸いです。