一原有徳は、版の概念を拡大し、次々と新しい表現を生み出してきた。一原のモノタイプは偶然発見された手法といわれる。まだ油絵をはじめたばかりの頃、パレット代わりに使っていた石版で絵の具を練っていた際に、石版上の絵の具の痕跡が心の琴線に触れ、はじめて転写 を試みたことがきっかけであった。一原は当初から具体的なイメージを排し、平らな版に自在な手の動きを駆使してさまざまな形象をつむぎ出している。
紙に刷られる版画と平行して、60年代当時から一原は、不要なものとして廃棄された素材を拾い集め、オブジェに蘇らせている。もはや日常から切り捨てられたものから制作されたオブジェも、一原にとっては版の意味を問いかけるものであった。1963(昭和38)年医療器具用シャーレの中にオートバイのチェーンをはめ込んだコンパクトオブジェを小樽市展に出品。こうしたオブジェの制作は、官庁勤務の労働時間で制作時間が大幅に短くなったことも原因であった。 こうして版の概念を拡大し続けるうちに、新たにブランディングと名付ける手法が登場する。これは「炎」そのものを版とみたてて、金属を炎にくぐらせて焼き、その金属で紙や鉛に刻印を押す(ブランディング)手法である。紙の場合、熱で焼け焦げてしまった像そのものが炎の刻印となる。モノタイプが作者の手技や呼吸の生な記録であるとすると、このブランディングは、日本に古くからある饅頭の焼き印のテクニックを使ったもので、その時々の偶然性に大きく依拠した制作方法でもある。一原は刷り取られるものが紙から金属に変化しようと、「すべて版画だと思って作っている」と述べている。1980年代に立体へ移行し、さらに天井から床面 まで展示室一体を埋め尽くす空間作品になり、その版画作品はインスタレーション的側面 も加えて行く。一原はこれまで誰も描きだすことのなかった未知の世界を表現すること、「独創性」に強いこだわりを持ち続け挑戦して来た美術家である。本展は、モノタイプ、腐蝕版の大型組作品とこれまで紹介していなかったブランディングの連作、ステンレスの鏡面 作品を中心に、一原の多面的な版の魅力を紹介するものである。現在96歳となった一原は、ドローイングを主とした制作に移行している。最新作であり、未発表のそれらドローイングの展示によって、いまだ衰えない一原の実験精神を伝えたい。