二科会や一陽会を舞台に、昭和を代表する洋画家として活躍した鈴木信太郎。 信太郎は幼少期の病気がもとで杖や車椅子を必要とする生活を余儀なくされます。しかし奈良や長崎、北海道、伊豆など全国を精力的に巡り、椅子や地面に坐っての低い視点からとらえた作品で、独自の風景画の世界を開きました。また人形、紫陽花や桃などの果花をモチーフに、素朴で愛らしい作風と明るく透明感にあふれる色彩で「童心の画家」「天性の色彩家」とうたわれました。 本展は、ゆかりの伊豆の地における初の回顧展です。水彩画や挿絵原画を含む約80点の代表作により、信太郎の80年におよぶ画業の全貌を紹介いたします。 鈴木信太郎(1895~1989) 明治28年東京都八王子市の生糸商の家に生まれる。15歳で黒田清輝の白馬会洋画研究所に入門、のち石井柏亭に師事。27歳のとき二科展に初入選。 昭和30年、一陽会の結成に参加。平成元年93歳に逝去。