藤本由紀夫(1950年生まれ)は、美術館あるいは画廊空間という視覚的原理が圧倒的優位に立つ環境に、音という聴覚的要素を持ち込むことによって、人間の感覚器官である資格、聴覚、触覚あるいは味覚に至るまで、総合的に関連しているというきわめて当然なことを再認識させる装置としての作品を生み出してきた作家です。いわゆるサウンド・アーティストと言われてきた、あるいは言われている作家は数多く存在していますが、藤本のように視覚と聴覚の関係性を論理的に作品としてきた者は、他には存在しないでしょう。
藤本は、「美術館の遠足」展(西宮市大谷記念美術館)を10年間にわたり企画・運営してきました。同展は、美術館という場を一日だけ全面的に開放し、藤本氏が仕掛ける様々な装置としての作品によって展示室ばかりではなく、庭やロビー、廊下、喫茶店、学芸員室、倉庫、地下室にいたるまで、展示空間として機能することを、鑑賞者と共に築き上げてきました。
国立国際美術館における「藤本由紀夫展 +/-」は、日常的な空間を劇場化してきたこれまでの藤本作品から離れ、楽曲と音響再生装置を用いた巨大な新作を、無機質名近代的展示空間に解き放つことによって、もう一つの藤本由紀夫の世界を繰り広げる試みです。新たな藤本作品による音場空間は、「音楽」と「ノイズ」、「集合」と「分裂」、「差異」と「混淆」といった対立する概念を立体的に感じさせることによって、鑑賞者を未知な世界へ誘うことを約束します。