17世紀フランスの画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652年)の名は、すでに世界的であるにもかかわらず、奇妙なことに我が国では未だに多くの人に知られているとは言えません。しかし、一度その作品を見た人にとっては、ラ・トゥールの絵は忘れがたい印象をもたらすでしょう。
昼の光の中であれ、夜の情景であれ、常に光のもたらす効果に鋭敏な感受性を見せるその画面は静けさと深い精神性に満ち、表された人物像は光と闇の対比の中に的確な色彩のヴァルールを繰り広げて、きわめて近代的な造形を見せています。ことに、蝋燭の光の効果を駆使した幾つかの作品では、まさに他の追随を許さないこの画家独自の表現世界が構築され、その世界的な名声の源となりました。
他方でこの画家は、戦乱の打ち続くフランス東部のロレーヌ地方を中心に製作した後、没後は急速に忘れ去られ、20世紀になって劇的な形で再発見されたという不思議な経緯を通じても知られています。現在まで残る真作はおよそ40点に満たず、他は失われたか模作などを通してのみ知られるのみなのです。そのドラマティックな再発見の物語と、作品の寡黙で詩的特質や希少性、ヴェールに包まれた画家自身の存在にまつわる謎などから、しばしばオランダの画家フェルメールに比較されるのは理由の無いことではありません。
2003年度、国立西洋美術館はこのラ・トゥールの希少な作品の1点「聖トマス」(1624年頃)を購入する機会に恵まれました。ルーヴル美術館などを除けば、世界の主要な美術館でも、ラ・トゥールの真作を所蔵するところは稀です。そしてこの作品を一般に広く公開しお披露目する貴重な機会を捉えて、ラ・トゥールの輝かしい作品世界をできる限り多くの日本の方に見ていただきたいと考え、今回の企画は立てられました。
現在まで残る真作はおよそ40点程に過ぎず、そのほぼ半数と、若干の失われた原作の模作・関連作を含め、計30数点のきわめて貴重な作品群が東京に顔を揃えることとなりました。
日本で初の、そしておそらくは相当な長い将来に渡って再び見ることはないであろうラ・トゥールの展覧会を、この機会に鑑賞いただきたいと切に願っています。