川上澄生(1895-1972)は聖書の物語について、「私はヤソの信者ではありませんが、バイブルの中の物語は大変面白く、私の作る絵本の中にはこのような物語を主題としたものが幾つかあります」と語っています。学生時代を青山学院で過ごしたこともあり、川上澄生にとって聖書は親しみやすいものでした。
一方で、聖書やキリスト教にまつわる作品には、南蛮文化の影響が見られます。明治の初め、江戸時代から続いていたキリスト教禁教令が解かれると、明治の末頃から、南蛮ものに関する研究が進められるようになりました。文壇でも、北原白秋や木下杢太郎らによって、南蛮情緒あふれる作品が発表されました。あふれる作品が発表されました。川上澄生もそうした影響を受け、新村出著『南蛮更紗』(大正13年 改造社刊)や『南蛮廣記』(大正14年 岩波書店刊)、黒田源次著『西洋の影響を受けたる日本晝(大正13年 中外出版社刊)などを興味深く読み始めました。こうした南蛮文化への興味や関心は、数々の南蛮調の作品を生み出す動機となり、かねてから精通していた聖書の世界は、桃山時代から江戸時代にかけるキリシタンの物語と重なり、川上澄生の創作意欲を刺激しました。
また、川上澄生の興味は、宣教師が布教や伝道の目的で出版したキリシタン版にも向けられました。伊曽保物語(イソップ物語)も、その一つとして出版されたものです。伊曽保物語をテーマにした川上澄生の作品は昭和の初め頃から見受けられます。同一タイトルのものでも一つとして同じものはなく、一話の物語から創作の世界が 繰り広げられました。
本展では、川上澄生が長年にわたり取り組んだ聖書とキリシタンの物語、そして伊曽保物語をテーマにした作品を紹介し、南蛮の系譜に位置づけて展観します。