建築家アントニン・レーモンド(1888~1976)とその妻ノエミ・レーモンド(1889~1980)は、長く日本で活動して、日本におけるモダニズム建築・デザインの先駆者となったばかりではなく、近代と伝統、自然と芸術などについて独自な融合を実現し、日本美の再発見に、ブルーノ・タウトやイサム・ノグチにも匹敵する大きな役割を果たしましたが、これまで彼らの仕事がまとまったかたちで紹介されることは、日本国内でも海外でもありませんでした。
それには、レーモンドの仕事と資料が、日本とアメリカに分かれて存在し、そのいずれの国においても彼らが「異邦人」であったという事情があるでしょう。しかし、国境を越えてたがいに異質な文化を架橋したレーモンド夫妻の仕事は、今日ますます大きな意味をもっていると言えます。本展は、そのような視点から、日本、アメリカ、ヨーロッパの若い研究者が力をあわせ、実現された初めての大規模なレーモンド夫妻展です。
チェコ生まれのアントニン・レーモンドが、フランス生まれのノエミ・ペルネッサンと結婚したのは、1914年のことです。爾来、ふたりは60年以上に渡ってデザイン上のパートナーとなりました。アメリカに渡り、フランク・ロイド・ライトのアトリエで活動した彼らは、帝国ホテルを建設するライトに同行して来日し、その後、第二次世界大戦をはさみ40年にわたって日本で活動することになります(1919~1938/1949~1973)。
1920年以来、モダニズム建築の先駆者として有名になっていったアントニン・レーモンドは日米で500以上の建物を実現しました。とくに日本でレーモンドが実現した多くの建築は、日本における近代建築の発展に対して大きな影響を及ぼしました。レーモンドの下で学び、その後、日本におけるモダニズム建築の旗手となっていった日本人建築家には、前川國男や吉村順三をはじめ数多くの人々がいます。
本展は、世界と日本の文化を架橋しながら、真に人間性あふれるデザインを求め続けたレーモンド夫妻に関する初めての大規模な展覧会で、アメリカのペンシルヴァニア大学付属建築博物館、カリフォルニア大学サンタバーバラ校付属美術館で開催された後、日本に巡回するものです。とくに日本展では、レーモンドの薫陶、感化を受けた日本人の建築家たちの仕事も併せて展示します。