古来より山陰地方で語り継がれてきた国引き神話(*1)の一節に、「三身(みつみ)の綱うちかけて、霜黒葛(しもつづら)くるやくるやに、河舟のもそろもそろに、国来国来(くにこくにこ)と」の五七調で知られるダイナミックな名文があります。この国引き神話の舞台のひとつでもある鳥取県境港市に生まれた植田正治が、1960年代から70年代にかけて撮影したカラーによる山陰の風景、「シリーズ<出雲>」をご紹介します。
これら作品の多くは、当時各出版社で盛んに刊行された、日本各地の紀行本の仕事として依頼を受けての取材撮影でしたが、伯耆から出雲の地を「掌をさすごと」知りつくし、その隅ずみまで歩きつくしている植田がとらえた風景写真の一群には、まさにこの「国引き」や「八雲立つ国(*2)」を思わせるものがあります。
幼少期に体験した土地伝承の昔話や祭礼行事を大切な記憶として持ち続け、山陰の風土をその体に包みこんだ植田がカメラを構えて風景に向かうとき、そこには自分の感情を入れて被写体と積極的に対話しようとする姿勢があらわれます。すでにプロ/アマチュアの違いをも越えた態度で写真する植田が、写真で語る「わが風土記」の世界を、本展では新たに制作した美しいカラープリントを交えて構成します。
(*1)国引き神話: 『出雲國風土記』、「意宇郡」冒頭、國引きの詞章より。古代、細長く小さかったといわれる出雲の国を、海上に余っていた土地に綱をかけてたぐりよせ、つなぎ合わせたという神話。境港市を含む現在の弓ヶ浜半島はその綱にあたり、綱をつなぎとめた杭が大山であるといわれている。
(*2)八雲立つ国: 幾重にも重なる雲が湧きたつ国、として『出雲國風土記』や『古事記』の中で語られていることば。