今回の展覧会のテーマは、ずばり「女優」です。この言葉についてのジェンダー論とからめた考察はここでは触れず、大正から昭和にかけて主に映画で活躍した女性俳優「女優」が今回の展覧会の主役です。
日本で映画が作られるようになったのは明治40年前後からですが、この頃はまだ映画女優という職業はなく、当初は歌舞伎や新劇の女形が女の役を演じるのが一般的でした。しかし大正7年(公開は翌年)に、花柳はるみ主演の映画「生の輝き」と「深山の乙女」が撮影されたのが、日本における映画女優の誕生でした。その後昭和期にかけて、映画が庶民の娯楽として広く普及するのに併せて、数々の女優たちが銀幕を彩り、名作が誕生しました。
華やかで美しい女優たちが同時代の女性たちの憧れであることは、今も昔も変わりませんが、女優は単に役者であっただけでなく、美人像の典型であり、ファッションリーダーであり、モダンガールの草分けであると同時に、映画の中では良妻賢母から悪女まで幅広く演じることで大衆の支持を得、職業婦人の筆頭として、世間の注目を集めていました。当時の雑誌には、毎号のように新作映画の紹介があり、女優たちの写真が掲載されていました。「女優」は、その時代における多様な女性観を付与され、彼女たちは善くも悪くも、映画の内外で「女優」であり続けたのです。こうした「女優」たちが演じた女性のイメージは、当時の女性文化の中にいろいろな形で見ることができます。
今回の展覧会では、2006年夏に寄贈された「遠藤コレクション」の中から、大正から昭和の女優たちを紹介するものです。またこの時期の日本社会において、とくに女性文化と「女優」という存在との関わりを、当時の時代風俗資料と共に考察します。美しい「女優」たちの姿(その大半は今はもう忘れ去られてしまった女優ですが、彼女たちが近代日本の女性文化を引っ張ったのです)や、当時の女性風俗資料、あるいは当時の女性を描いた華宵作品などをご覧頂きながら、現代の我々が失いつつある時代の美意識を感じて頂ければ幸いです。
同時に、一大コレクター遠藤憲昭氏が感じた“時代の言葉・表現・心”などが、本展の展示資料の中に込められています。遠藤氏の思い出や研究文なども、併せてご紹介します。