秦世和が制作する器はすべて、金属の「錫」を材料としています。 大学時代に陶芸を専攻していた秦世和は、卒業後、進むべき道を模索しながら、さまざまな伝統工芸の制作現場を体験しました。そのなかで、とりわけ強く惹かれたのが「錫」という素材でした。 ? 伝統技術を継承する職人のもとで確かな技術を学びながらも、彼はあくまで錫を用いて自らの世界観を表現することにこだわってきました。その独創性の表れが「破錫」(やぶれすず)という表現です。繊細でいて、柔らかい錫の表面に、退廃的とも言える「割れ」や「ヒビ」を施す彼独自の技法によって、器は強烈な存在感を帯びます。 ? 秦世和は自らのことを工芸家と呼ぶことに違和感を覚えます。 なぜなら彼は、錫による器をそのものだけで捉えずに、器が存在する「空間」を強く意識しているからです。錫という素材を用いて非常に精緻な器を制作しながらも、一方で、同時に、その器が織りなす空間も創造しようとしているのです。 ?「私は日本人の美学である『もののあはれ』を表現しています。日本の伝統や美学、言葉などを踏まえ、古の流れを受け継ぎながら、自己の造形、空間を模索し、追求していきたい」 ? 今回の展覧会で秦世和は、江戸時代末建立の土蔵をアートスペースとして活用する「ギャラリー・エフ」を会場として選びました。江戸の職人たちが材料と技能を惜しみなく使い建てた建築物の中で、自らの美学を投入した錫の花器などによって静寂な空間『虚空』を構成します。