柄澤齊の初めての本格的な回顧展を、神奈川県立近代美術館鎌倉で開催いたします。
柄澤 齊(1950-)は、木版画のなかでも、とりわけその細密な表現によって、特異な地位を占めている木口木版画の作り手としてすでに高い評価を得ています。一度でも、その文学性溢れる、香気に満たされた世界を手にする歓びを知ったものには、戦慄すべき画像が記憶に深く刻まれるにちがいありません。
18世紀末のイギリスで実用化された木口木版画は、本の押絵として19世紀ヨーロッパで隆盛しましたが、写真印刷技術の導入により、20世紀になると生誕の地イギリスを除いてほとんど衰微してしまいました。しかし日本では日和崎尊夫(1941-1992)を先駆けとして、1960年代後半から芸術のジャンルとして生まれ変わり、世界でも例外的に発達することになりました。柄澤齊は日和崎に師事し、日本の木口木版画の第一人者として30年以上にわたって活躍しています。さらに近年は版画というジャンルを超えて、その活動は多岐に広がって来ました。しかし版画本来の複数性による世界への伝播を創作の基盤として、本の装丁や押絵の仕事にも積極的に取り組み、梓丁室という出版工房を主宰するほか、下野文学大賞を受賞したミステリー小説『ロンド』(2002年)を執筆するなど、彼の関わるどんな形の作品にも、文学に対する深い愛着と親和に由来する「柄澤齊」という刻印が打たれていることに違いはありません。
今回の展覧会では、1971年以来、現在にいたるまで途切れることなく製作されてきた木口木版画の広がりと多様性を、約100点を厳選して紹介すると同時に、コラージュ、モノタイプ、オブジェ、水彩・素描・、墨の作品、装丁・装画・押絵など、版画製作と不即不離のかたちで製作されてきた作品群、愛用の平圧式印刷機アルビオン・プレスなどの資料も加えて、総計210余点の作品・資料によって構成し、小説の執筆など文章家としての側面も含め、その全貌を展示いたします。18世紀末にイギリスに生まれた木口版画が、極東の日本にたどりつき、すぐれた才能と出会い、開花させた、めくるめくイメージの輪舞、その果てしない迷宮めいた世界を存分にお楽しみいただけることでしょう。
また、木口木版画という、やや馴染みの薄い版画の世界にすこしでも親しんでいただけるように、公開製作など多くの関連企画が用意されて・・・