江戸時代後期の浮世絵師、歌川広重(1797-1858)の風景画は、日本のみならず海外でも高い人気を誇っており、中でも、東海道の風景を描いた保永堂版「東海道五拾三次」は、誰もがその名を知っているほどの浮世絵の代表作です。広重はこの作品によって風景浮世絵師の地位を不動のものにし、その抒情溢れる作品は、今日でも多くの人々を魅了し続けています。当時のベストセラーであった「東海道」は、今でも、かなり多くの揃いが残っていますが、初摺の完品は非常に珍しく、展示されることはほとんどありません。今回展示される揃いは、コンディション良好な初摺のセットであり、その魅力を十分に味わっていただけるものと確信しております。
一方、「東海道」に続いて刊行された、中山道を描く「木曾街道六十九次」には、風景画の最高傑作とされる「洗馬」ほか「宮ノ越」「長久保」「望月」など広重の代表作が多く含まれているにもかかわらず、初摺の全作品が揃って展覧されることはほとんどありませんでした。その理由は、発刊当時、このシリーズが完結するまでの間、絵師は英泉から広重に、版元は保永堂から錦樹堂、さらに山庄へと移り、英泉の楽款が削り取られるなど異例の経過があり、後摺の遺品が錯綜し、初摺の全揃いがほとんど残っていないことにあります。このたび、奇蹟的に優秀な初摺の「木曾街道六十九次」の全揃いがアメリカで発見され、日本にもたらされました。これまで発見されなかった英泉の楽款入り作品2点、また、世界で数点しか確認されていない幻の「雨の中津川」も含む、大変貴重な初摺完品の揃いです。