わずかここ三、四十年の間に、すっかり使い捨ての生活に慣れてしまった現代の私たちです。都市にも地方にも均一な消費生活がゆきわたり、普段、モノの不自由を感じることはなくなりました。たとえば私たちが日常生活の中で、古くなった衣類をほどいて再利用する必要などほとんど感じません。
むかし、まだ化学繊維も大量生産の機械織りも存在しない、布が手で織って、手で染めるものだったころ、きっと衣類は、それはそれは大切な財産だったことでしょう。
ここに、ある収集家が長い時間をかけて熱心に集めてこられた、庶民使いの染織品あれこれを展示いたします。
日常の生活や作業の必要を果たすためでしょう、とにかく丈夫につくられた仕事着。親が我が子の人生の節目に、その行く末が幸福であることを願って用意した子どもの晴着。一生にただ一度だけ袖に手を通すためにあつらえたに違いない女性の晴着。人の手から人の手へと渡るうちに何世代にもまたがる歳月を経てきた風呂敷。もとのものから形を変えて、それでもかつての持ち主の手のぬくもりを伝えるような、技法も意匠もさまざまな数々の古袱紗(こぶくさ)。
庶民の暮らしとともにあった、これら日常の消耗品としての布には、高貴な人びとや富裕層などのための、職人の手による高級品にはかえって見出しにくい大胆素朴な意匠や、機能美とさえ言い得るユニークな工夫がみられます。
それは、民族の豊かな文化的伝統を無言に語る資料でもあるのです。
本展は、染織品の収集家三瓶清子氏の膨大なコレクションから、いまや幻といわれる貴重な苧麻(からむし)織などを含む染織資料約五百点を公開いたします。
誰であれ世の流れに逆らうことはかなわず、やむをえないながら、すぐ目の前の今日明日をしのぐことに精一杯の私たちですけれど、ときにはこうした品々を前に、むかしの人のこころをかえりみて一息ついてみてはいかがでしょう。