目に映るものを「見えるとおりに」表わす。簡単そうに思えて、実際には不可能なほど難しい、このただひとつのことを、ジャコメッティ(1901-1966)は、生涯をかけて追求していきました。針のように細い彫刻像、灰色の画面から静かに現われてくる人物。それらの作品は、20世紀美術のなかでもひときわ個性的で、ジャコメッティの存在を類例のない独自のものとしています。見ることはどういうことか、人は一体何を見ているのか。彫刻にしろ、絵画にしろ、ジャコメッティの作品は大きな力をもって、見る人に強い印象を与えながら、そうしたことを絶えず問いかけます。
この展覧会は、まずは、ジャコメッティの力強い作品を、多くの人に知ってもらい、それを十分に堪能してもらおうとの考えにもとづいて、企画されました。ジャコメッティは、彫刻家であり、同時に画家でした。彼自身は、自分が表わしたいことを実現するために両方を必要としたのです。表現しようとするのは主に人物、それも大抵は眼の前にポーズしている人間です。それを飽くことなく繰り返し、「うまくいかない」、「いまこそ本当に始まる」と絶望と希望を交錯させながら、一刻を惜しんで仕事に没頭していきました。そして作品はどれひとつ、ジャコメッティが考えるような意味で完成することはありませんでした。しかし残された彫刻、油彩画、デッサンはどれを取っても、誰にも到達できなかった深さと密度をもっています。本展は、国内の美術館、個人所蔵家のほかに、チューリヒのジャコメッティ財団、パリのアルベルト&アネット・ジャコメッティ財団、パリ国立近代美術館、さらにはフランスやドイツの美術館などから集められた彫刻、絵画など140点以上と、数々の貴重な資料をもって構成されます。
とくに、共催者のアルベルト&アネット・ジャコメッティ財団とは共同で資料と作品の調査を行なうとともに、50点以上の作品、資料の数々が同財団から出品されます。同財団は、ジャコメッティのアトリエに残された作品資料を調査、管理をするために、2004年に設立されました。出品作には、未公開の貴重なものが数多く含まれています。また、ジャコメッティからまとまった数の作品を譲られた矢内原伊作の、没後ご家族の手元に残されたコレクション28点は、一括して神奈川県立近代美術館に収められて、今回の展覧会のひとつの核をなしています。