18世紀末のイギリスで実用化された木口木版画は、本の挿絵として19世紀ヨーロッパで隆盛しましたが、写真印刷技術の導入により20世紀になると、生誕の地イギリスを除いてほとんど衰微してしまいました。しかし日本では日和崎尊夫を先駆として、1970年代から芸術としての木口木版画が世界でも例外的に復活し、発達することになりました。柄澤齊(からさわ ひとし)は日和崎尊夫(ひわざき たかお 1941-1992)に師事し、日本の木口木版画の第一人者として30年以上にわたって活躍しています。
本展では、1950年栃木県日光市に生まれた柄澤齊の木口木版画を、初期から現在に至るまで回顧的に展観すると同時に、美術家としての柄澤齊の多面的な活動も併せて紹介いたします。自身の木口木版画によるコラージュやモノタイプ、1980年代の本のオブジェやミニアチュールから1990年代以降の墨を使った大作まで、その活動は版画を超えて多様に展開されています。しかし版画本来の複数性による世界への伝播を創作の基盤として、本の装丁や挿絵の仕事にも積極的に取り組み、梓丁室という出版工房を主宰するほか、下野文学賞を受賞したミステリー小説『ロンド』を執筆するなど、彼の関わるどんな形の作品にも、文学に対する深い愛着と親和に由来する「柄澤齊」という刻印が打たれていることに間違いはありません。
本展は、目にする機会の少ない初期の細密な木口木版画をはじめ、オブジェから墨の作品まで、約220点で構成いたします。漆黒の宇宙空間を疾走する柄澤齊の芸術の全貌を堪能できるまたとない機会となるでしょう。