ハンブルク近郊ヴェーデルで生まれ、生涯の大半をメクレンブルク地方の小村ギュストローで過ごしたエルンスト・バルラハ(1870-1938)は、20世紀ドイツを代表する彫刻家・版画家・劇作家です。「人間」を生涯のテーマとし、ユーモアや笑いなど生きる喜びだけではなく、貧困や飢餓そして戦争などに直面する人々の存在を、優れた彫刻、版画さらには戯曲などの文学作品に表現しました。
活動の主軸となる彫刻で特徴的なのは、バルラハが彫刻家として、中世以降ヨーロッパでほとんど顧みられることのなかった木彫に取り組んだことです。ドイツ表現主義のマニフェストともいえる「外が内になり、内が外になる」という彼自身の言葉に従い、人間の「生」と「死」についての感情が、簡素な輪郭線そして重厚または繊細な量塊により表現され、その木彫やブロンズ彫刻は、宗教生をも湛えて、観る人を深い観照へと誘います。またバルラハは彫刻のための数多くの草稿や、素描そして版画を遺しています。そこでは、同一モティーフをもつ作品がときに十数年の隔たりを経て制作され、あるテーマが繰り返し現れる中で普遍的なものへと高められていった過程がわかります。さらに造形芸術だけではなく、『哀れないとこ』や『青いボル』などの戯曲や散文にも彼の省察は結実し、バルラハは、ドイツで巨匠ブレヒト以外では最も頻繁に上演される表現主義の劇作家と言われています。本展は「日本におけるドイツ年2005/2006」の一環として、エルンスト・バルラハ・ハウス(ハンブルク)そしてエルンスト・バルラハ財団(ギュストロー)というふたつの美術館の全面的な協力により、日本で開催される初のバルラハ回顧展です。生涯に約100点しか制作されなかった木彫のうち12点を含む彫刻57点、素描75点、版画36点に関連資料などを加え総数約180点で、人間存在の根源を見つめ続けたバルラハ芸術の全容を紹介します。