田淵安一(1921-)は、1951年以来フランスにあって、ヨーロッパと東洋に貫流する文化の根にふかい思索を凝らしながら、官能性にみちた色彩豊かな絵画を描き続けてきました。渡仏前すでに新制作派協会展の新進画家として頭角をあらわしていた田淵は、ヨーロッパにわたって最初の数年、絵筆を執るよりも、西欧とはなにか、その文化の根源を見極めるべく各地を旅行して、中世や古代の遺物に西欧の原像を尋ねました。それはとりもなおさず、画家としての自己を見つめなおす旅でもありました。
田淵はその後、パリの居を定めて、油彩画の制作に取り組みます。しかしヨーロッパの根源を探り、同時に自らの出自である東洋の根源を見つめる作業は、絵画と著作を手段にして、現在まで一貫して続けられます。そして、そのことを通して自分自身の絵画の拠り所を築いてきたともいえましょう。
アスガー・ヨルン、ピエール・アレシンスキーなど「コブラ」のグループの画家たちとの交友をはじめ、ヨーロッパにおける絵画状況と積極的に関わりながら、田淵の絵画は、いくたびかの転換を重ねつつ、独自の世界を広げ、ますますその深さを掘り下げてきています。画業の進展とともに、画家の活動は、主としてフランス、デンマーク、ベルギーなどヨーロッパ諸国を舞台として繰り広げられ、さらに日本国内でも個展を重ねるなど、その声望は国際的な場でゆるぎないものとなっています。そして、いま、田淵の仕事は絵画そのものの内奥から発する光に満たされ、天上界の輝きすら帯びているといっても過言ではありません。
本展は、田淵安一の渡仏直後の初期から現在にいたる仕事を網羅した回顧展です。とくに今回は、作家自身の意図を尊重して全体を構成して、数々の大作、連作を中心に代表作を選び出しており、最新作の約10点を加えて総数90点余りの出品となります。20世紀後半の世界の絵画を代表するこの国際的な画家の仕事の真価、そのおおきな全体像を理解し、堪能できることと期待されます。